ゴシック・ロリータ

ガラスを始める何年か前、まだ、香りのブレンドに明け暮れていた頃、

追いかけていた作品があります。それは、『恋月姫』さんの人形です。その美しさと言えば、

蠱惑的な少女の顔で、無垢な残虐を秘めた、ゴシック・ロリータの世界。

片岡佐吉さんのギャラリーの会員になり、パーティーに出たりと、夢中でした。

パーティーには、漫画家の萩尾望都さんもいらしていたし、有名人のファンも多かったようです。

 

 

人形の購入はできませんでしたが、写真集は買いました。

人形は小さい物で200万くらいしたし、それも、抽選で当たらなければならない世界。

関節の動くビスクドールで、球体関節人形と呼ばれているのですが、最後に見た物は、

少女の等身大もあるかと言う物で、狂気を秘めていました。この等身大の人形に限っては、発がん性のある

薬剤を大量に使うとか?そんな話もありましたが、作者は文字通り命がけで製作していたようです。

 

大学生の頃、イリナ・イオネスコの撮る写真にとりつかれて、その頃からゴシック・ロリータに目覚めたかもしれません。

彼女は、自分の娘のヌードを撮り続けた写真家です。

 

あの頃から、人間がとりつかれる美しさの中には、必ず狂気があると感じていました。

そして、狂気的な香りを作ろうと試行錯誤していたのですが、そこに、どうしてもキリスト教的な要素がからみ、

フランキンセンス(乳香)、ミルラ(没薬)を使った物です。

フローラルはオレンジフラワーが圧倒的でした。ゴシックの世界とは、キリスト教的な聖なる狂気と紙一重なのです。

 

動物由来の香料は、ムスクです。あの、肌になじんで香り立つ官能的な香りは、愛して止まない世界です。

 

私の好きなワインも、フランキンセンスやミルラの様な熱分解香や、オレンジフラワー、ジャスミン、ローズ、

そしてムスクの香りを含む物が好きです。

ベリー系の果実味豊かなものも良いのですが、官能的な香りは酔いを進めます。

ワインが好きなのは、香水を飲んでいるようだからです。ただ、アルコールが欲しいわけではありません。

あれは、芸術です。

 

ガラス作家の端くれになった今、あの、恋月姫の人形のような世界をガラスで作りたいと思っています。

美しくて、目が離せなくなる。そして、家に連れて帰りたくなる。

でも、私の周りには、ガラスでそんな世界を作っている人はいません。師匠は別格で、そういうレベルを逸脱した感がありますが、

他の作家さんに多いのは、いわゆる組み立てたようなガラス細工です。

 

私は、特に変わった作品を作ってはいないのですが、でも、私の様な作家はあまり知りません。

今、目指しているのは、見る物の心臓をつかみ取り、えぐり出すような殺人的な作品です。イメージはありますが、

まだ手が追いつきません。人形を作るというわけではありません。同じにおいのする美しいかたまりです。

人の心を虜にする、目の離せない美しさ。

 

陶器の肌に、焦点の合わないガラスの瞳。ナイロンの巻き毛。サクランボのような唇。その瞳は、違う世界を見ている。

生まれ変わって、もう一度会いたいと探すその姿は、最後に見た赤い薔薇の花びらをまとったままの残像です。

ずっと追いかけているその人は、何処にいるのでしょうか?